大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(行ツ)114号 判決 1982年5月27日

上告人

星野稔

右訴訟代理人

久保利英明

山田勝昭

被上告人

東京都知事

鈴木俊一

被上告人

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人久保利英明、同山田勝昭の上告理由第一ないし第三について

原審が適法に確定したところによれば、(1) 上告人は、昭和四五年八月二六日被上告人東京都の職員募集に応募し、東京都人事委員会の採用試験に合格し、同年一二月三日同委員会の採用候補者名簿に登載された、(2) 上告人は、同四六年一月二七日被上告人東京都の建設局職員として採用することに内定され、翌二八日同局総務部長名義の採用内定通知書を受領した、(3) 右採用内定通知書には、「面接及び身体検査の結果あなたを昭和四六年四月一日付で建設局に採用することに内定いたしましたのでお知らせします。」と記載されていた、(4) 被上告人東京都では職員を採用する場合、内規によつて辞令を交付することにより発令することとされており、本件においても、同四六年四月一日上告人を含む採用内定者に直接辞令を交付することによつて発令することが予定されていた、(5) 採用予定者を内定し、これを相手方に通知することは職員の採用に関する法令上の根拠に基づくものではなく、その趣旨とするところは、採用者である被上告人東京都としてもできるだけ早期に採用予定者の就職の意思の有無を確認しないと発令手続に支障を来すなどの理由から、あらかじめ採用予定者を内定してこれを相手方に通知し、事務処理上の便宜を図つているものである、(6) 上告人は、同四六年三月二七日東京都建設局総務部長名義の書面をもつて採用内定を取り消す旨の通知を受けた、というのである。

以上の事実関係によれば、本件採用内定の通知は、単に採用発令の手続を支障なく行うための準備手続としてされる事実上の行為にすぎず、被上告人東京都と上告人との間で、上告人を東京都職員(地方公務員)として採用し、東京都職員としての地位を取得させることを目的とする確定的な意思表示ないしは始期付又は条件付採用行為と目すべきものではなく、したがつて、右採用内定通知によつては、上告人が、直ちに又は昭和四六年四月一日から被上告人東京都の職員たる地位を取得するものではなく、また、被上告人東京都知事において上告人を職員として採用すべき法律上の義務を負うものでもないと解するのが相当である。

そうすると、被上告人東京都において正当な理由がなく右採用内定を取り消しても、これによつて、右内定通知を信頼し、東京都職員として採用されることを期待して他の就職の機会を放棄するなど、東京都に就職するための準備を行つた者に対し損害賠償の責任を負うことがあるのは格別、右採用内定の取消し自体は、採用内定を受けた者の法律上の地位ないし権利関係に影響を及ぼすものではないから、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するものということができず、右採用内定者においてその取消しを訴求することはできないというべきである。

以上と同趣旨の原審の判断は正当として是認することができる。所論のうち違憲をいう点は、実質は単なる法令違背を主張するものにすぎない。論旨は、いずれも採用することができない。

同第四について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人久保利英明、同山田勝昭の上告理由

第一、原判決には憲法の違背がある。

原判決には憲法第一四条に違背する。

一、憲法第一四条第一項は法の下の平等を規定し、社会的身分により、経済的又は社会的関係において差別されない旨定めている。

ところで、公務員の勤務関係の法的性質については判例上権力説と非権力説とが対立している。しかし、公務員の勤務関係における権力性とは対等者間の関係である私的労働関係におけるそれ(しばしば従属性として問題にされる)と性質上、実体上異らないうえ、そもそも裁量問題はいわゆる権力関係に限らず判断行動にさいしてよるべき基準のある限りは非権力的・私的活動領域においても存しうるものであつて、こと裁量問題に関する限り係争行為のいわゆる権力性の有無は問題ではないのである。

けだし公務員も私企業労働者も憲法二八条に言う勤労者であることに変りはなく、公務員の勤務関係は少くとも社会的実体的には私的労働関係と共通の性質を有するから、公務員にも私的労働者に与えられているのと同じだけの身分保障を与える必要があり、これが確保されないことは、憲法第一四条の法の下の平等に反し、かつ、憲法第二七条、二八条に定める勤労者の権利を侵害することとなる。

従つて、公務員の勤務関係において任免権者の享有する裁量権は公務の特殊性に留意しつつも原則として私的労働関係において私企業主の享有する裁量権と均衡を保つよう解釈されなければならない。

二、そこで、以下、私的労働関係における採用内定者の地位につき検討を加える。

1 私企業における採用内定取消事件は、後述の森尾電機事件をはじめとして枚挙にいとまがないが、いずれも、採用内定を始期付或いは解除条件付労働契約ないしは採用内定契約という無名契約であると判断しており、内定者の地位を保護する傾向にある。

2 従前の私企業における採用内定につき、労働契約の成立を認めた各事例においては、左の如き事情が存在する。

① 森尾電機事件(第一審東京地方裁判所昭和四五年一一月三〇日、第二審東京高等裁判所昭和四七年三月三一日判決)

イ 原告は、健康診断書等各種書類を添えて会社に受験申込をした。

ロ 会社は採用試験の上、「貴殿には多数の応募者の中から試験に合格されました。合格をお喜び申し上げると共に改めてお通知いたします。なお、入社手続の日時については追つて御通知いたします」旨採用決定のおしらせが原告に発せられた。

ハ 原告は誓約書、身元保証書を会社に提出し、会社は異議なく受領した。

第一審においては、ハの時点、第二審においてはロの時点をもつて労働契約の成立を認定した。

② 大日本印刷事件(第一審大津地方裁判所昭和四七年三月二九日判決、第二審大阪高等裁判所昭和五一年一〇月四日判決)

イ 原告は、大学の推せんを受けた上で会社に受験応募した。

ロ 会社は原告に対し、採用内定の通知を発し、同書面は昭和四三年七月一三日原告に到達した。

ハ 原告は、昭和四三年七月一八日までに会社に誓約書を提出した。

第一審裁判所はハの時点で、第二審裁判所はロの時点でそれぞれ労働契約の成立を認定した。

三、本件事案においては、

イ 上告人は昭和四五年八月二六日採用試験を応募した。

ロ 上告人は、施行された全ての試験に合格した。

ハ 被上告人は、上告人に対し採用内定通知を発し、到達した。

ニ 被上告人は、上告人に就労開始日たる四月一日の出勤時間場所等につき通知した。

ホ 上告人は、被上告人に対し、保証書等必要書類を提出し、被上告人は異議なく受領した。

という事実関係が当事者間において争いなく認定されている。

右事実関係を、前記①②事件の各事情と比較してみれば、森尾電機事件第一審、大日本印刷事件第一審判決の基準によればホの時点たる昭和四六年三月二〇日をもつて、又両事件第二審判決の基準によれば、ハの時点たる昭和四六年一月二八日をもつて採用がなされたことになる。

四、前述した如く、公務員の勤務関係と私的労働関係は性質上、実体上異らないのである。単に本件が公務員である上告人の地位に関するものであることを理由として、前掲の各種判例が労働契約の成立を認めたのとほぼ同一の事実を認めながらあえて、右事実をもつて、明確な意思表示ではないとし、「採用」と認めなかつた原判決には、公務員についての採用と私的労働関係の成立とを区区に判断し、不当に上告人を差別した憲法第一四条違背があり破棄を免れない。

第二、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

一、原判決は地方公務員法第一七条に違背する。

原判決は、「地方公務員法第一五条以下において(中略)法律上は任用権者の意思表示が相手方に到達すれば足り、必ずしも辞令の交付などの行為を要するものではないが(中略)、その意思表示は明確になされなければならない。」と解した上で、本件採用内定通知書の一部のみを掲示して、検討の上、「右「内定」の文言自体行政庁の内部的手続の段階にとどまるものであることを示しているものであつて、地方公務員として採用する旨の意思者示と解することができない」旨、判示している。

さらに又、「本件においても昭和四六年四月一日(中略)直接辞令を交付することによつて発令することが予定されていたこと(中略)……(内定の趣旨は)予め採用予定者を内定してこれを相手方に通知し、事務処理上の便宜をはかつているものであること」を論拠に、「本件採用内定の通知は(中略)採用発令の手続を支障なく行なうための準備手続としての行為に過ぎないものであつて、右通知により被控訴人東京都としては、信義則上特段の事由がなければ、内定どおりに採用の発令をなすべきものであり、正当な理由がなくみだりに内定を取消したときは(中略)東京都に就職するための準備を行なつたものに対し、損害賠償の責任を負うべきことがある」と論じている。

そこで、以下右の如き、採用内定が採用でないとの論拠について反駁を加える。

1 原判決は意図的に削除しているが、採用内定通知書には、面接及び身体検査の結果、あなたを昭和四六年四月一日付で建設局に採用することに内定いたしましたのでお知らせします。「なお、四月一日の出勤については、三月二〇日頃に再度連絡します」

との文言がある。

右文言には、四月一日の出勤を当然の前提として義務づけており、又さらに、総務部庶務課長名の昭和四六年三月九日付“四月一日の出勤について”(乙第五号証)によれば、未だ辞令交付を受けていない四月一日午前八時四五分の出勤を命じている。これらをみれば、昭和四六年三月九日には、東京都は上告人を自己の指揮命令下にあるものとみなしていたことは明らかである。

これらの点については、上告人が、第一審東京地方裁判所における昭和四七年一月二一日付、同年三月一七日付の各準備書面で詳細に主張したところである。

2 原判決は、採用の意思表示は明確になされなければならないという。しかし、本件採用内定は不明確であろうか。原判決の言うが如く、「内定」という文言自体が行政庁の内部的手続を表示しているというのであれば、“内定通知書”の存在自体が矛盾したものとなる。

即ち、上告人が採用内定により採用されたことにならないという原判決の認定を前提とすれば、未だ上告人は行政庁の内部に位置する者ということはできず、行政庁の外部の者ということになる。かかる外部の者に対して、内部的手続を通知すること自体が、「内定」の内部的手続たる性格を否定する結果をもたらしていることは明らかである。故に、採用内定通知は原判決とは逆に、地方公務員として採用する旨の意思表示と解するべきものである。

3 原判決は、採用内定通知は事務処理上の便宜のためであり、準備手続であるという。

① しかし、採用内定通知は単に事務処理上の便宜のための準備手続にとどまるものではなく、行政庁の適正な人員確保という行政上の目的にとつて重要な役割を果たす手続である。

従つて、採用内定通知を単純な事実行為としてとらえるべきではなく、任用権者と内定者との間の権利義務の関係として把握さるべきものである。かかる真摯な関係が存在しないとすれば、内定者は、内定者としての地位を信頼することはできず、行政庁内部の準備手続であるという名目の下に、現実に任用されない結果になることを恐れ、内定後も別途勤務先を確保する行動を堅持することとなる。その結果、内定者は地方公務員の採用を辞退することにもなりかねず、採用人員不足をきたす危険が増大する。

② 一方、内定者の側からみた場合、内定者は、その内定により様々な権利を取得し、義務を課されるものであるから、任用権者と内定者の関係は単なる事実上の関係というべきではなく、法律的な権利義務関係というべきである。

即ち、(ア)四月一日には出勤するよう命ぜられる。(イ)“週刊とちよう”“建設局報”“とうきよう広報”を送付され、地方公務員としての心構えを持つよう要求され、行政庁の内部事情について勉強させられる(田神証言)。(ウ)原判決も述べているように、他の就職の機会を放棄する等の義務を負い、不利益を受ける。(エ)又、四月一日から就労する権利(百歩譲つても、四月一日には任用されるという期待権)を取得する。

③ 以上のような採用内定の性格を見るとき、採用内定通知が単なる事務処理上の便宜のための準備手続ということはできず、明らかに任用権者と内定者の間に法的関係を生ぜしめる行政行為というべきである。

又、明確な採用の意思表示と解される文言が記載された公文書である採用内定通知書が上告人に送付されているのであるから、右採用内定通知をもつて、四月一日を就労開始とする任用行為もしくは四月一日を始期とする任用行為と解すべきである。

従つて、採用内定通知は地方公務員法第一七条の採用に該当せず、単なる準備手続であると判断した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明白な法令の違背がある。

二、原判決は行政事件訴訟法第三条に違背する。

原判決は、「本件採用内定通知は、採用に至るまでの準備行為に過ぎないのであつて、これにより被控訴人東京都と控訴人の間で、控訴人につき東京都職員としての地位が設定されるものではないと解される以上、採用内定の取消も控訴人の法律上の地位になんら変更をきたすものではないから、採用内定の取消をもつて行政庁の処分ということはできない」旨、判示している。

そこで、果して本件採用内定取消が、行政庁の処分といえるか否かにつき以下吟味する。

① 前述の如く、採用内定通知により、内定者は一定の権利を附与され、義務、不利益を課されることになるのであるから、これは明らかに行政庁の処分である。

従つて、内定者の地位も法的な効果をともなつた地位であるということができ、又このように考えてこそ、行政庁の適正な人員確保という行政上の目的に合致することになることは前記のとおりである。

② 原判決によつても、「信義則上特段の事由がなければ、内定どおりに採用の発令をなすべきものであり、正当な理由がなく、みだりに内定を取消したときは、損害賠償の責任を負うべきことがある」として、内定通知にも一定の法的効果を認めており、任用権者と内定者の関係は単なる事実上の関係とは考えられず、法的な関係と考えるのが相当である。

③ 以上①、②いずれによつても、任用権者と内定者の関係は法的関係であり、従つて、内定者の地位をはく奪する行政庁の内定取消という行為は、明らかに行政庁の処分である。

よつて、本件採用内定取消を処分に当らないとした原判決は、行政事件訴訟法第三条に違背するものであり、これは判決に影響を及ぼすことが明らかな違背である。

第三、原判決には理由の齟齬がある。

原判決は、「本件採用内定通知は(中略)東京都職員としての地位を取得させることを目的とした意思表示ではなく、右通知により被控訴人東京都としては信義則上特段の事由がなければ内定どおり採用の発令をなすべきものであり、正当な理由がなくみだりに内定を取消したときは……(後略)」と述べている。

このことは逆に言えば、上告人は本件採用内定通知により、信義則という一般法により保証された法的地位を付与されたということを認めていることになる。

そうだとすれば、採用内定通知は一定の法的地位を付与する行政庁の行為ということであり、明らかに行政庁の処分ということになる。しかるに、原判決は、採用内定通知を単なる行政庁の内部的事務処理上の便宜を計つているものであるとしているのであり、明らかに論理的矛盾がある。

従つて、仮りに原判決の論旨に従つたとしても、内定の取消に対して、信義則上特段の事由があつたか、正当な理由があつたかを検討する必要があり、ただちに採用内定取消処分の取消の請求に対し、却下という結論はでない。

よつて、原判決にはこの点で理由の齟齬がある。

第四、原判決は理由を付していない。<省略>

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